植田憲太郎の人の育て方

このインタビューは歯科医師植田憲太郎の考え方や事業への理念を知るために、一般社団法人医業保全協会(代表理事 待鳥秀峰)により聞き取りが行われ、2021年に記事が作成されました。(内容は当時のものです)
【植田憲太郎の人の育て方】
話し手:植田憲太郎
聞き手:待鳥秀峰
編集:吉田馨
  • (待鳥)拝見していると、植田先生は感情の振れ幅がほとんどゼロです。大喜びしている感じも、大荒れしている感じもしない。いつも感情の起伏がうすいイメージでした。
    いつも同じように見える人は、お医者さんには向いておられると思います。いつも穏やかな先生の方が、安心を提供してもらえますから。
  • (植田)私も感情の起伏はありますよ。自分の中でそれなりに焦ったり、イライラしたりすることもあります。でもそれがあまり外側に出ていないみたいですね。
  • (待鳥)スタッフや他所の医院さんで教えておられる時にも思いますが、植田先生は気が長いほうですよね。予備校講師時代もそうでした。できない子に教えることがそれほど苦痛ではなさそうに見えました。
  • (植田)たしかにそうかも知れません。できない子の気持ちはわかりませんが、思考回路はわかるほうです。できない行動原理って、上手に説明できませんが、あるんです。
【60点でいい】
  • (待鳥)自分に自信がある先生は、細かいところまで説明できる余裕をもっておられるかもしれません。けれど多くの院長は、全て自分でやろうとして診療に追われて「見て学べ」という姿勢になってしまいがちです。育てることが苦手な院長先生の場合だと、「教えられない」とすら思っておられるかもしれません。でも、勤務医は欲しいとお考えになるようです。すごくできる勤務医はやはり独立してしまいがちです。

    「感情の起伏がわりと激しい。合う・合わないがある。弱いところに手が添えにくい。自分がたどってきた道筋でなければ、他の成長ルートを考えられない。自分たちもこうだった、と根性論を押し付ける」こうしたことはもう終わりにしていかないと、将来どんどん歯科医師は足りなくなっていきます。そんな中で勤務医を確保することなんて到底できないことになります。

    ところが、植田先生の場合は、60点あれば一応ほめる。状況をみながら70点にする方法を示唆する。そこから80点、90点までは、無理やりひっぱらない。そんな気がします。
  • (植田)私は60点でいいと思っています。60点できるようになれば、あとは自分の欲望がないと70点、80点にはなれないものです。
    欲望をどう引き出すかも大事です。うまくなりたいのか、お金を稼ぎたいのか、社会に貢献したいのか。人によって違います。そこは個人の欲望を上手に導くしかありません。60点を切ると、トラブルになると思います。

    ある程度きっちり治して、満足していただける最低限のレベルがあります。この最低限のレベルが、私が思う60点です。私の心の中での設 定は、治療に問題がなく、患者さんが喜んでくれるレベルは、わりと高いものです。言い方が難しいですが、一般の倍ぐらい上手というの が、私の中の最低限レベル、60点です。決して低いレベルではないと思います。

    実は私は生徒の成績が上がることに、あまり興味はありません。成績が上がるより、将来生きていく糧をつくることが大切だと思います。 予備校講師時代も、自分で勉強して、自分で成績をあげるにはどうしたらいいかというのを、考える練習をさせるような教え方をしていた と思います。

    「自分が歩んでき道筋で育てようとする先生が多い」というお話がありました。私の場合は逆です。小中高にわたり私に敷かれていたレールは、さほどいいものではなかったと思います。それはこの国の問題点だと思っています。敷かれているレールが正しいとは限らない。だから自分で正しいかどうかを判断できる能力をつけないといけない。それを塾では伝えようと思っていました。歯科医師の育成も同じ延長 線上にあると思っています。

    厳しい勉強会や、学校みたいに教えてくれる職場もあります。でもそこに行った人が、全員できるようになるとは限らない。ドロップアウトして嫌になる子もいます。仕事に出られなくなって、休んでしまう子もいます。だから無理なく働かせてあげることが大事だと思います。最低限のことをやってもらいながら、できればもう少しできるようになってもらうためには、どうしたらいいのかなと考えています。
  • (待鳥)そのような教育方法で、勤務医さん達は、植田先生に口答えをされるようなことはないですか。自分が正しいと思っているよう な、いやな感じにはなりませんか。
  • (植田)うちの歯科医師に関しては、そういう人は少ないと思います。疑問点は普通に聞いてきますが、口答えや嫌な感じを与える先生は いません。

    無茶やしんどい思いはさせないので、不満はあまりなさそうです。うちが最初に勤める歯医者の場合が多いので、比べる対象がないのもあると思いますが、他の医院と比べても働きやすい環境なのは事実です。勤務医の先生方と衝突することはありません。

    喧嘩はきらいです。時間の無駄だと思っています。 喧嘩は逃げよう、避けよう主義。だか ら人と争うことは、まずありません。 人を育てる時にも、それほど過剰な期待はしません。ただ「ここで働いてよかったな」と思える 枠組みは用意しておきたい。自分で勉強しようとすればできる環境。聞けば答えてくれる環境。なんでも相談しやすい環境。働きやすい環境を、整え、保った状態で「あとは好きにしてくだ さい。ただし伸びないと評価はしません。」そう言ってあります。
【「どうにもならない」ことはない】
  • (待鳥)植田先生は、どんなポンコツを大量に送り込んでも、最終的にはなんとかされますね。
  • (植田)どんな人でも、いい歯医者さんになりたいと思っておられたら、成長するお手伝いができます。ただ、私に教えてほしいと思って いない先生を、育てることはできません。上手になりたいとか、いろんな人を治したいとか、そういう気持ちがない人は育ちにくいです。

    成長のスピードは人によって違います。違って当然です。

    誰にでも、何かしらできること、適していることはあります。 やとっている側、経営者側としては、仕事は経営者が作ってあげないといけないと思っています。ある仕事ができるかどうかというよりも、適した仕事を作ってあげられるかどうかが、大事です。そういう目線で仕事をしていますし、そういう目線で仕事を与えます。

    これならできそうだな、という仕事を選んで、与えて、できたら「次はこれね」というやりかたを心がけています。最低限の人としてのマナーとか、歯科医師として外してはいけないところができていなかったら、ちょっときつくあたることはあります。でもそれは、人として最低限のことができない場合です。それ以外のことは、最初できないこと、20年、30年生きてきて今できないことが急にできるわけはな いので、できることからやってもらおうと思っています。
  • (待鳥)そうやって成長を待ってあげるのは時間がかかって大変ではないですか。
  • (植田)はい、時間はかかるときが多いです。自院で生え抜きの子を育てるには、丸3年ほどかかります。優秀ならば2年ぐらい。その間 は、ある程度我慢しないといけません。 できる子の時もできない子のときも、私は手取り足取り教えることはありませんので、労力としてはそれほど大変ではありません。

    クライアントの医院に教えにいく場合は、例えばインプラントの場合、ひとり立ちできるまでに大体1年ぐらいかかります。ただドクターの性格によって、一人でできるようになる時期は変わります。 男女差がすごくあると思います。男性ドクターは将来開業すると思っている場合が多いので、それなりに一人でやらないといけないと思っているようです。女性ドクターや、将来開業しようという意思が少ないドクターは、できるだけ長く見守ってもらえるほうが安心だと思っ ているみたいです。人がすることなので、あまり無理しすぎてはいけないと思っています。 大体1年ぐらいあれば難しくないオペは一人でできるようになります。

    仕事をつくること自体は、あまり大変ではありません。人に作らせることもあります。
  • (待鳥)植田先生は人に任せることができるタイプですよね。だから人を育てられるのだと思います。

    ある程度きっちり治して、患者さんに満足していただける最低限のレベルである60点にたどり着くのが難しかった人はおられますか。
  • (植田)実はそうでもありません。我々の提唱している方法は、誰でも真似がしやすい技術です。そんな高いレベルでなくても、きちっとやってくださったら、結果がきちっと返ってきます。手を抜いてはいけないところをしっかりやってもらって、押さえておかないといけない知識や学術的なレベル、絶対に外してはいけないところを、外さずに押さえてもらったら、誰もが達しうるレベルだと思っています。
【しゃべる技術】
  • (待鳥)育てていく中で、これくらいが限度かな、と思っていたけど、結果的にすごく成長なさった先生はおられますか。
  • (植田)最初から成長の速度や限度を「これぐらいになるだろうな」という風には、あまり思わないようにしています。そういうこと、私 は想定していません。ゼロベースで接しています。 最初からすごいなと思う人には、どんどん仕事を与えます。のびるチャンスを与えます。どんどん先に進める人は、進めていけばいいと思います。「化けたな」と思う人は、あまり多くはいません。

    ただ、しゃべる能力については、そう思うことがあります。最初のうちは、しゃべるのが下手だなと感じる人も、仕事の性質上患者さんと接するうちに、しゃべりが上手になったということがありました。 歯科医師は、おしゃべりが上手なほうがいいです。難しい治療が、よりよく進みます。患者さんに上手に伝わるようにしゃべると、信頼も獲得しやすいです。

    歯科医師にとって、しゃべる能力を早く伸ばすことは、大切だと思います。
  • (待鳥)どういうところに気をつけて指導されますか。
  • (植田)好かれるしゃべり方、嫌われるしゃべり方、それぞれある程度あると思います。 教える時には、しゃべり方や内容を、訂正するようにしています。専門用語の使い方を間違っていたり、専門用語の略称を使っている場合は、ちゃんと訂正を入れます。敬語も間違っていれば直します。口から出る言葉は、仕事上の言葉として論理立ててしゃべれるように、訂正するように心がけています。 がみがみは言いませんけど。
    正しい言葉を使うことは、専門家が専門家であると信頼してもらうために必要だと思います。